ビタミンAを多く含む食品、料理でレバニラ炒めを上げました
(レバーにはビタミンAのレチニルエステル、ニラにはβ-カロチンが豊富に含まれているんョ)
ビタミンAというと、目のビタミンとして知られていますね
そして、癌の食事治療でニンジンジュースなどを大量に摂る事を推奨している考え方がある様ですが、それもビタミンAの働きを期待しての事だと思います
ビタミンAの事、医療現場に居た頃の私は恥ずかしながら全くと言ってよいくらい知らなかったんです(医療従事者は栄養素の事を学ぶ機会は少ない、また製薬的な偏った情報しか入ってこないので大方の人は知らないと思う)
冬場になると多くの人が感じる事ですが、肌のカサカサや目の乾燥は、空気の乾燥やパソコンにだけが原因と思っていませんか?
以外にもビタミンAが不足すると、肌の乾燥、目の乾燥が出てくるのです
ビタミンAは、人を含む動物の成長や分化に働きます。
ビタミンAの事、話したいこと、お伝えしたいことたくさんありますが、、、
私が一気にたくさん書くと、読んでいただく側も大変~という声も聞きますので、少しずつ何回かに分けて書いていきたいと思います。
ビタミンAの歴史から書くのですが、歴史大好きの私はたまらなく面白いのですが、退屈な人もいるかもですね、、、。御関心ある方々、読んでくだされば嬉しいです。
ビタミンAの歴史について
ビタミンのうちに最初に発見されたのは、ビタミンAです。
それは通称でアルファベットの最初の文字の『A』で表されていることからもわかりますね。
オーストラリア海軍で、長期航海の乗組員らに夜盲症が発生しました。医師のシュバルツが肝臓を食べさせたところ治癒しました。しかし彼の報告は無視されてしまいました。
また1880年、エストニアのドイツ大学の研究生レニンは、ある飼料で飼育したマウスがすべて死亡したのを見て、ミルクを飼料に加えたところ、マウスは正常に育つことを見出しました。レニンはミルクに必須の栄養素があるのではないかと考えましたが、彼の指導者はこの考えを否定しました。
1906年、オランダのペケルハリングは、レニンと同じような動物飼育実験で、やはりミルク中に未知の栄養素が存在すると結論し論文を発表しましたが、不幸にもオランダ語で書かれていていたために英語圏の学者の目にとまらずに、結果的に無視されました
英国のホプキンスも同様に動物飼育実験室でミルク中の栄養素の存在を指摘し、彼は後年に「ビタミン発見者」としてノーベル賞を受賞しています。
未知の栄養素ビタミンAの発見に深く貢献したのは、米国の科学者エルマー・マッカラムです。
マッカラムは幼少期に重い壊血病を患っていたました。農家でビタミンCを多く含む食品を熟知していた母親により野菜とイチゴジュースが与えられ、マッカラムの病は快癒しました。
この様な生活環境背景にあるマッカラムは、成長しウィスコン大学農学部に勤務し、栄養学の研究をしていました。彼は動物に与える飼料を化学分析し、飼料の成分が動物の健康に及ぼす効果を検討していました。
研究では牝牛を3つのグループに分け、それぞれ小麦、カラス麦、トウモロコシを与えて飼育する実験が進められました。それぞれの飼料の化学組成はみなほぼ同じでした。
飼育の結果は劇的な差が有りました。小麦で飼育した牝牛は体が小さくみな盲目でした。この牝牛が生んだ子牛は未熟児で生まれて間もなく死んだのです。
カラス麦で飼育した牝牛も、生まれてきた子牛のほとんどが間もなく死んでしまいました。
しかし、トウモロコシで飼育した牝牛は正常で、生まれてきた子牛も正常でした。
マッカラムはその後に、飼料を様々に変えて研究を進めましたが、一向に成果が上がりませんでした。それは牛の寿命が長く、結果が得られるのに時間がかかる事が難点だったのです。
そこで寿命が短く、短期で成熟し子を産むネズミを実験に使用することにしました。
現在では生物学、生理学、栄養学のあらゆる研究に使用されているラットなどの小動物を実験に使用する方法は、マッカラムが創始したものです。
マッカラムは数年間の努力の末、1912年に飼料中の脂肪を含む食品が謎の鍵を握っている事に気が付きました。
飼料の脂肪がバターか卵で有る場合には、ネズミは健康に成長を続けました。
しかし、脂肪がラードやオリーブ油の場合は、ネズミは失明し健康が損なわれ死んでしまいました。
この結果から、バターや卵の中には、ラードやオリーブ油にはない、動物の生死にかかわる物質が含まれている事を示している事を考えたのです。
マッカラムは苦心の末、バターに含まれる物質の抽出に成功し、これにオリーブ油を混ぜてネズミに与えました。ネズミは元氣に生き続けました。
この結果は、それまで知られていた三大栄養素(糖質、タンパク質、脂質)の他に、未知の栄養素が存在する事の決定的な証拠となったのです。
1914年、マッカラムはこの栄養素を『脂溶性A因子』と命名しました。現在のビタミンAです。
マッカラムが脂肪から単離した『脂溶性A因子』は、1920年代にはすでに『ビタミンA』と呼ばれるようになっていました。しかし化学物質としての同定にはまだまだかなりの年月がかかります。
マッカラムの弟子のスティーンボックは、ニンジンやサツマイモなどに黄色抽出液に脂溶性A因子と同じ効果がある事を発見しました。
脂溶性A因子は黄色だろうと想定していました。
肝臓からの抽出液にも脂溶性A因子と同じ効果があることが認められました。しかしこの抽出液は無色でした。
それから10年経過して、スティーブボックの疑問に答えを出したのが、ケンブリッジ大学の生化学者ムーアでした。
ムーアは、ビタミンAは、黄色のものと無色のものがあるのではと考えました。彼はニンジンから黄色の化合物カロテンを取り出すことに成功しました。
ムーアはこのビタミンA(カロテン)をふんだんに与えたラット群と、与えなかったラット群の肝臓を分析し、無職のビタミンAを抽出に成功しました。
その後の1931年、スイスの有機化学者ケラーによって、ビタミンAの化学構造が決定されました。その当初は、ビタミンAは眼球乾燥症への効果から、アクセロフトールと名付けられましたが、後に視細胞の網膜(retina)との関連性が解り、ビタミンA=レチナール(retinaol)と呼ばれるようになりました。
1960年代後半に、ビタミンA運搬タンパク質RBP(レチノール結合タンパク質)が発見され、
さらに1980年代にはアメリカ国立がんセンターによる抗腫瘍作用研究が本格化したことなどを通じて、ビタミンAの抗腫瘍効果や細胞分化調節機能を持つ点が注目されるようになりました。
1987年にはフランスとアメリカの研究者が、核内レチノイン酸受容体を発見し、ステロイドホルモン類似の作用様式がある事を突き止めています。
※ビタミンA(総称レチノイド)
レチノール(狭義のビタミンA、主に魚油に含まれる)
レチニルエステル(主に動物性食品に含まれる)
レチナール(特に視覚に作用する)
レチノイン酸(細胞の増殖・分化をコントロールする)
参考文献 分子整合栄養医学概論下巻(金子塾テキスト) 分子栄養学研究所 金子雅俊著
栄養学を拓いた巨人たち「病原菌なき難病」征服のドラマ 講談社 杉 晴夫著
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